折々の記 104

 病室のつぶやき



  後期高齢者に近づいたせいか、長く入院することが増えました。

 夏の終わりころに風邪をひき、そして肺炎になると、さらに虚血性心不全になって一と月ほど入院し、ようやく退院したと思ったらつづいて胸骨骨髄炎による再入院です。

 たしか昨年の暮れにも腎盂ガンの手術をしたあと腎盂腎炎に感染して一と月ほど入院していました。

 いずれの病名も聞きなれないだけに、どうして罹ったのかはいまだにわかりません。

 現在は抗生物質を点滴しながら、体内で繁殖している細菌をやっつけるために病室にいます。

 最初の二十日ほどで菌のほとんどは無くなりましたが、いまは胸骨の中に隠れているであろう細菌を掃討しているところです。骨の中には血管が通っていないので、薬が効くのに時間がかかるそうです。

 医師は一月下旬までは治療が必要と言うので、入院が年を超えるのは確実です。

 こんな老人が手厚い医療のお世話になるのは社会保障を支える若い人に申し訳ないのですが、体の調子が悪くなると何とかしてほしいと願うのも人情です。
 ある意味、この世に未練があるのかもしれません。

 さて入院生活では八畳ほどの洋風個室にトイレや洗面台、ソファー、テレビ、冷蔵庫がついていて、ある程度のプライバシーも守られて落ち着いて過ごせます。

 それに薄味をがまんすれば三度の食事はきちんと出るし、部屋の掃除やトイレの掃除の人たちも毎日やってきます。看護師さんも終日いて、つねにバイタルをチェックしているほか、頼めば大抵のことはやってくれます。

 そんな恵まれた中でも困るのは、私が人一倍匂いに敏感なこと。敏感といえば鼻がよく利くように思えますがそうではありません。
 じつは自分の匂いがないと落ち着いて眠れないのです。

 かつて泊まりがけで大学受験に行った時、鞄に枕しか入ってなかったので、宿の人たちに呆れられたことがあります。それだけ自分の匂いにこだわりが強かったのです。

 いまは年をとって感度が鈍り、使い古した枕のかわりにバスタオルを何枚か丸めて使って済んでいます。

 そのほか入院が長くなると外部との接触が少ないこともあって、今日が何日の何曜日かもわからなくなります。そして案外早く認知機能や体力が落ちていきます。

 身体の機能回復はリハビリ科が支援してくれますが、心や精神のケアは誰もしてくれません。患者の心は弱っているし、年寄りではあればなおさらです。

 私も前回の入院では退院してしばらくの間、ボーと過ごすことが多くて普段の生活になかなか戻れませんでした。そこで今回の入院では病床ノートをつけるようにしました。

 今日が何月何日で何曜日なのか、医師や看護師らの名前や特徴、部屋にやってくる時間、自覚症状などを克明に記録しておきます。

 おかげで平常に近い心の状態を保てています。それに妻が着替えや好物の差し入れなどを頻繁にしてくれるので、そのときに話をして良い刺激を受けています。

 私自身、これまで入院している人を見舞うのは苦手でしたが、患者にとっては社会とのつながりであり、気分転換になって望ましいと、遅まきながらわかりました。

 閑話休題、病院で入院生活をおくるにあたって残念に感じているのは、年金生活に移行する際に民間の医療保険を見直してしまったことです。
 それまで掛け金が高くて保障内容も良かったガン保険や医療保険を、掛け金の安い補償の小さなものに替えてしまったのです。

 ずっと元気で過ごしてきただけに、保険類は見直しは優先でした。まさかその時から病院とのお付き合いが始まるとは思ってもみませんでした。

 たしかに医療費自体は、高額療養費制度のおかけで月額5万8千円ほどですみますが、入院時の差額ベッド代や食費は自腹だから長期の療養になるとかなりの負担になります。

 地方都市とはいえ個室を頼めば日額1万円はするほか、食費は一日1500円です。ひと月入院すれば35万円ほどの持ち出しになり、医療費をあわせると40万円ほどになります。

 しかも入院が一度とは限りません。となると、よほど良い医療保険でないと経費をカバーしきれないのです。
 ですから保険の見直されるのであれば、慎重に考えた方が良いように思います。