折々の記 38

続・歳をとると懐かしい味


  『あーめーにー ぎょう〜せん…』 と物売りの声がします。 この『ぎょ〜せん』 は褐色をした水飴のような凝煎飴(ぎょうせんあめ)のことです。 喉の痛みや咳に効くらしく麦芽糖の素朴な甘さがあります。子供の頃、家では一斗缶で買っていたので密かにスプーンですくっては食べていました。 その時の食べすぎがたたったのか、それ以降凝煎飴や水飴は食べなくなりました。
    凝煎飴を作るには、麦の種子を蒸らして発芽させ1aほど芽が出たら乾燥して粉にします。これがいわゆる麦芽です。この麦芽を粥(かゆ)状に煮たモチ米と混ぜて2日ほど置き、布巾でしぼった液を煮つめると凝煎飴が出来上がります。通常、麦芽づくりには小麦を使うことが多いのですが、農家は『それは裸麦に決まってる。ぜーんぜん味が違う』 と言います。
  ひさしぶりなので買おうか迷って立ち上がったのですが、一斗缶で買うことになったら食べきれないな、と思って座り直しました。

    物売りといえば、 『むぎちゃーはったいこー』や 『たけ〜やーさおだけー』 、『きんぎょ〜えー、きんぎょ』 、『い〜しやーき いもー』 、 『とーふぃ〜』と、子供の頃には色々な物売りがきました。はったい粉や竿ダケは京都から来て、金魚は奈良からでした。
    はったい粉は麦こがしともいって、愛媛では湯練りや湯切りとよんでいます。 裸麦を炒って粉にしたもので黒砂糖と熱湯を加えて箸で練って食べるお菓子です。 ネットリとした粘りと舌にザラつく感じがあり、香ばしいムギの香りと甘味があって腹持ちの良いおやつでした。以前、スーパーで小袋に入ったはったい粉を見つけたので懐かしくて買ってみましたが、子供の頃のような味はしませんでした。甘いものがふんだんにあり、甘さに舌が慣れてしまったのでしょう。

    ほかに、懐かしいおやつといえば 『 あられ 』 があります。三重県の祖母のところへいくと、角餅を小さく切って乾かしたものを七輪で煎ってくれました。 『餅に塩を入れとかんと、こうして煎っても膨らまんのやに』と話しながら。 よほど私が好きだと思ったのか、東京で学生時代を過ごしていた時もそのあられは送られてきました。
    最近は、『伊勢あられ』という名前がついて三重県の特産品になっていますが、愛媛ではみたことがありません。愛媛には『あられ』の文化がないのです。祖母がいなくなってからは三重県の製造元から送ってもらっています。お気に入りの食べ方は、『あられ』にお茶づけのりをふりかけて、熱い濃い目のお茶をかけていただきます。もちろん、そのまま食べても風味があって少し塩気の効いた素朴な味は昔と変わりません。
    歳をとると懐かしいと思っても いつのまにか自分の味覚が変わっていることがあります。でも中に一つくらいは懐かしさを実感できるものがあれば、最後の晩餐に何を選ぶか悩まなくてすむでしょう。