折々の記1

 みかんの花


 道を歩いていると甘い香りが漂ってきた。見ると白い五弁の花が咲いている。みかんの花である。文化勲章のデザインを決めるときに桜の花とみかんの花が候補にのこり、永久(とわ)に栄える平和の象徴としてみかんの花が選ばれた。
  というのも古来より常緑樹であるみかんは、常世(とこよ)の国の果実とされ永遠につながる縁起のよい樹とされてきたからである。そしてその花はじつに清楚である。

 目の前にあるみかんは何という種類なんだろう。伊予柑もデコポンもレモンもみかんの仲間は同じような花だから見分けがつきにくい。香りはどうかといえば、これも微妙な違いでよくわからない。ある程度、実が大きくなるのを待つしかなさそうである。

   昔からみかんは花や香りを愛(め)でるものとされてきた。
「さつきまつ花たちばなの香をかげば むかしの人の袖の香ぞする」とよまれた歌もある。さつきは五月のことであり、たちばなは昔のみかんの呼び名である。「五月になればみかんの花の香がして、かつての恋しい人の衣の香りを思い出す」と万葉人は花の香にひかれている。

   今ふうに、みかんの花を愛でるには、みかんの花の蕾をカップに入れて紅茶を注ぎ入れる。するとカップのなかでパッと花びらが開きみかんの香りが漂ってくる。岩城島のレモン農家に教えてもらった楽しみ方だが蕾の選び方にコツがあるという。大きすぎず小さすぎず、しかも開きかけの蕾を選ぶらしい。レモンに限らずみかん類の蕾ならどれでもできるそうだ。
  岩城島(いわぎじま)は、瀬戸内海に浮かぶ小島である。島の形がレモンに似ているせいかレモンの栽培が盛んである。レモンは熟しても果実の色は緑だが、時間が経つと黄色に変化する。レモンが黄色と思うのはサンキストの宣伝のせいだろう。アメリカからの輸送に時間がかかって黄色くなっている。新鮮なレモンは緑なので、島の人は岩城のことを青いレモンの島と言う。
  島の五月はレモンの花が咲きそろい、みかんの香りに包まれる。