立ち止まってみてごらん   

                                

 

      今月のフォト    11 月                  

         折々の記 103    森羅万象に神宿る          
       折々の記 104     病室のつぶやき      
    折々の記  105     続・病室のつぶやき        



    折々の記 106      続々・病室のつぶやき

 病院では毎日2回、館内放送で敷地内での禁煙を呼び掛けています。

 私の記憶ではこの放送は5年も前から続いていて、まことに根気がよいのです。

 たびたび入院する者にとっては聞きなれた放送ですが、あらたに入院する患者が喫煙者である場合も考えて念を入れているのでしょう。

 すでに愛煙家は絶滅危惧種に指定され、極めて生息域が狭められてその数は激減しています。でも不思議なことに国産のタバコの銘柄は今も昔もかわりません。

 かつては、病院の屋上にでて換気扇の影に隠れて吸っていたり、駐車場にとめた車の中で吸う人が少なくありませんでした。

 それに病院のすぐ前にタバコ屋があって、念の入ったことに灰皿も備えつけてありました。

 それが今や屋上へは施錠されて立ち入れが禁止され、駐車場では警備員がたえまなく巡回し、前のタバコ屋は店をしめました。

 病院に入院する愛煙家にとってはさらに厳しくなっているのです。

 でも上に政策あれば下に対策あり。抜け道はあるのです。それは近くのコンビニへ行って一服して帰るのです。

 コンビニではタバコを売っているし 外には喫煙スペースも用意されています。

 でも、点滴や尿管パイプなどをつけて寝間着姿だと目立ちすぎるので、その段階では不可能です。

 ある程度回復して普通の服装に着替えて出かけるのです。

 私もそうしたコンビニ脱走犯の一人でした。でも看護師に聞くと、高層階のナースステーションからはまる見えだったようです。

 ただ今回、肺に水が溜まって息が吸えなくなる虚血性心不全や胸骨をむしばむ骨髄炎になってみると、さすがにタバコを吸いたいとは思わなくなりました。

 手持ちぶさたになった時には『以前ならここで一服したよなぁ』と思うこともありますが、その時は菓子をつまんで過ごします。

 これでタバコとは縁が切れたかと聞かれればよくわかりません。
 これまでタバコをやめた同僚や上司をみてきましたが、禁煙中ながら『ちょっと一本!』と頼まれてタバコを進呈することがよくありました。時には吸ってみたくなるのでしょう。

 ただ医師からは病気が再発したら次の入院期間はもっと長くなると脅されているので、とても試してみる気にはなりません。

 そこで六十年ちかくお世話になったタバコとお別れすることにしたのです。

 私のタバコとの出会いはちょうど高校三年の終わりごろ。
父親のハイライトという銘柄のタバコが家に置いてあったので、試しに一本失敬して吸ってみたのが始まりでした。

 煙にむせることもなく、大人になった気分を味わいたくて何度か繰りかえしていたら、ある日父親に呼ばれました。
 タバコの減り方が早かったのでバレていたのです。

 カミナリが落ちると覚悟していたら、ひと箱くれたうえで火の始末だけはキチンとするようにと言われました。それが、長い喫煙人生の始まりでした。

 その父が亡くなる前に病院で『タバコあるか? 一本!』と頼まれたのですが、退院したら何本でもあげるからと言って病室をあとにしました。

 そしてそれが父との最後の会話になりました。最後の一服くらいさせてあげたら、とずっと心に引ひっかかっていました。

 子供にはそんな思いをさせたくないので、その意味でも今回、やめたのは良かったのかもしれません。