蚕と絹のあれこれ 17

天蚕を見たことがありますか

   クヌギの木をよく見ると淡い緑色をした虫が枝にいます。天蚕の幼虫です。大きさは8aほどあって、皮膚はゼリーのように軟らかそうですが触ってみると意外に硬いです。 クヌギ林で見つけるのは至難の業ですが、運がよければ会えるかもしれません。

                 毅然とした態度の天蚕の幼虫
   幼虫は枝にぶら下がっていて、握力がつよいために引き離すのは容易ではありません。さわると体を振って払いのけようとし、しつこくすると口から黒っぽい液を吐いて威嚇してきます。他の天蚕が近づくと噛みつくこともあり、自然界に生きる虫だけにその行動はいかにも野生です。

    クヌギの葉を食べる天蚕の幼虫(5令)               枝葉にまぎれて見つけにくい
   天蚕は初夏にクヌギの葉を二,三枚ひっつけて緑色の繭をつくります。蚕の繭に比べるとひとまわり大きく思いです。繭からは緑色の生糸がとれます。糸は丈夫で光沢があり、しかも希少なことから絹のダイヤモンドと呼ばれたこともあります。

                  天蚕の繭  クヌギの葉を綴り合せた中に繭をつくる
   天蚕はクヌギのほかコナラやカシワ、シラカシなどのブナ科の植物にもいます。昔は山に行って繭を採ったのでヤママユとも呼ばれました。
  分類学上は蚕の仲間ですが、野生で大型の繭をつくるのでカイコガ科とは別にヤママユガ科を構成しています。ヤママユガ科には天蚕のほかに柞蚕(サクサン)やクスサン、沖縄のヨナクニサン、インドのエリサン、タサールサン、ムガサン、黄金繭をつくるインドネシアのクリキュラなどの仲間がいます。これらの野蚕の繭からは糸が繰れないので紡績のように紡いで糸にしています。

                柞蚕(サクサン)の成虫
  天蚕は唯一、繭から糸が繰れる野蚕ですが、糸にするにはかなりの手間を要します。繭の外側は緑色ですが中にいくほど白っぽくなり、均質な緑の糸にしようとすれば、繰り始めと繰り半ば、繰り終わりの繭を色合わせしながら組み合わせて合糸しなければなりません。
 
         天蚕の繭                   天蚕と蚕の繭
   しかも繭は風雨に曝されて糸のほぐれ具合などに差があり、繰る途中で繭糸が切れやすいのです。それでも糸にすると緑色の輝きがあって、親子三代にわたって使い続けても絹としての光沢が失われることがありません。
 
         天蚕の成虫 左右の羽根の色が異なる珍しい個体
  天蚕は夏の終わり頃に蛾になって飛んでいます。蛾の活動はもっぱら夜中です。蛾は茶色の毛で覆われて羽根をひろげると15aにもなり、他の蛾よりもとも大きいのでわかりやすいです。 山の近くの建物なら常夜灯のある壁面などに張りついていて、網さえあれば簡単に捕まることができます。
   蛾の雌雄は触覚の形で異なり、雄は大きな櫛状をしていますが雌のそれは小さく短いです。雄は雌のフェロモンをいち早く感知するために大きく発達したのでしょう。
   雌雄の蛾を一対にして目の粗い竹かごに入れ、新聞紙などで蓋をして逆さにして軒につるしておけば、数日後には籠に100粒ほどの卵を産んでいます。卵は自然の状態で保管しておき、翌年の春に一、二粒ずつ小さな和紙に糊付けしてクヌギの枝に留めておきます。これが山付けです。孵った幼虫はただちにクヌギの葉を食べ始めます。
   天蚕の幼虫を室内で飼おうと思えばクヌギの枝を花瓶にさして三日に一度の割で交換します。枝を丸ごとネットで覆っておけば天蚕が部屋のなかを歩き回ることはありません。
   もし移動させたければ、クヌギの枝を差し出して自ら移動するのを待つべきでしょう。天蚕に無理強いは禁物です。