蚕と絹のあれこれ 16

 繭うちわを作ってみませんか

    繭うちわを初めて見たのは三十年も前のことです。市内に古い座繰製糸場があり、そこの老夫婦に作り方を見せてもらいました。 製糸場といっても、古い町並みの一角にある民家なので、外観からはそれとわかりません。ガラス戸をあけて中に入ると、うす暗い土間に黒びかりした繰糸機が二坪ほどの広さに置かれています。そして繭を煮る匂いが…。聞けば生糸づくりはもうやめていて、真綿(まわた)だけをつくっているとのこと。
   真綿といえば綿のことだと思っていましたが、もとは絹でできたふんわりとしたワタのようなもの。繭を煮て薄く引き延ばして何層にも重ねてつくります。繭うちわは、この真綿をうちわの骨の上からすっぽりとかぶせてできています。
 
真綿です。引きのばした繭の層を重ねている。    繭を煮て押し広げた様子
    繭うちわを家で作るなら、重曹を少し入れた湯に繭を3粒から4粒入れてしっかりと煮込みます。繭がフワフワに膨らんできたら40℃くらいの温湯にうつし、繭の真ん中を押し広げながら袋状にします  中にある蛹やごみは取りのぞき、繭の袋がうちわの大きさになるまで引きのばします。そして温湯の中でうちわの骨にかぶせます。残りの繭も同じようにしてかぶせ、最後に洗濯糊をとかした液に浸して乾かせば完成です。
   こうした方法のほかに蚕に糸を吐いてもらって作る方法があります。用意するのは、糸を吐き始めた熟蚕10頭と市販のうちわが一本だけ。うちわは紙の部分を水にぬらして取り除いて骨だけにしておきます。
 
蚕がうちわの骨につかまり糸を吐いています  蚕を糸の薄い部分に移動させます
   うちわの柄の部分は花瓶などに差し込んで固定します。ついでうちわの骨に熟蚕を取りつかせ、あとは様子をみながら下に落ちた蚕がいれば拾ってふたたび取りつかせます。半日ほどで蚕は落ちなくなり、一日たてばきれいな繭うちわができています。

                繭うちわの完成です
   一般に糸を吐き始めた熟蚕は繭をつくるための足場を求めてウロウロと動き回ります。部屋の隅などでも器用に足場をつくって繭を作ります。 いくら探しても足場がつくれないと、そこら辺りに糸を吐きはじめます。体の中には液状絹が詰まっていて、これを出さないと生理異常を引き起こして蛹になれません。だから、たとえ平面であろうと糸を吐かざるを得ないのです。ですから繭うちわは、蚕のあきらめにも似た気持ちによって作られているのです。
   うちわが完成した翌日には、茶色い蛹が花瓶のまわりにころがっています。糸を吐ききって下に落ち、無事に蛹になった姿です。虫としての本分を忘れることなく次のステージに進んだのです。