蚕と絹のあれこれ 41

繭うちわ ふたたび
   夏休みになると子供たちは、まるで季節の恒例行事のようにたくさんの宿題を持って帰ります。学校としては長い休みという意識からか各分野から宿題をだすので、それらを合算するとけっこうな量になります。

  なかでも手のかかるのが自由研究です。書店に行くと、自由研究のハウツーものが並んでいるうえ、丁寧なことに学年ごとに出ています。さすがに、そのままやって終わりにするわけにもいかず、親としては知恵が試されるところです。そのため夏のおわりになると「なんとかして」と親がやってくるのです。

   たしか、去年は木綿のハンカチを草木染めしたはず。その前の年は海岸に打ち上げられた海藻の標本づくりでした。今年も「なんとかして」とやってくるに違いない。
  そこで、早めに済ませるための準備だけはしておこうと考えました。はてさて何にするか?
   学年もあがっているのでレベルをあげた方がよいのだろうが、かといって手間はかけたくない !
   とすれば、ここはカイコさんにお願いして繭団扇(まゆうちわ)を作ってもらおうか !  カイコが糸を吐きだしたら団扇の骨にとりつかせれば、終わりです。あとはカイコにお任せで済んでしまいます。

   さっそく愛媛蚕種(株)(えひめさんしゅ)に電話して5令起(おき)のカイコを50頭、わけてもらえるように頼みました。聞けば、同じような悩みを抱える親御さんが多いらしく、この時期は全国から注文が入るらしい。  頼んで二日後には白い繭と黄色い繭をそれぞれつくるカイコが郵パックで送られてきました。人工飼料も2本入っていて同封の解説書も充実しています。
  これなら飼育するのは7日ほどなので、さらに3日もあれば繭団扇ができるはず。本来なら庭の桑の葉も使えばよいのですが、植えて3年目なので葉があまりとれそうもありません。とりあえず10頭だけは桑で飼うことにして残り40頭は人工飼料で飼うことにしました。もし、人工飼料が足りなくても最後は桑の葉でなんとかなるだろうと算段したのです。

   ところが、これが大きな間違いでした。なんとなく桑の葉っぱが薄っぺらいように思えたのですが、所詮、桑だから問題はないだろうと軽く考えていたのです。たしかにカイコに与えると食いつきも良く元気に食べ始めています。ところが2日たっても3日たってもさほど太っていないように見えるのです。さらに4日目になると、明らかに人工飼料で育てたカイコにくらべて見劣りがして、ハタッと気がつきました。

   この桑は大粒の実がたくさん成るというふれ込みで数年前に買って植えたもの。たしかに鈴なりに実はつきますが、何故か熟しても甘くはなりません。それに枝が横へ横へと伸びて垂れる習性があり、どう見ても日本の桑とは思えないのです。おそらく中央アジアあたりが原産の桑なのでしょう。
   日本の桑なら上へ伸びていくし、葉は肉厚で照りがあって、それを食べたカイコはしっかりと育って大きな繭をつくります。日本では長年にわたって良い桑を選び育ててきました。今、山に自生しているように見える桑も、じつは放置された優良な桑なのです。つまり、先人たちの努力の結晶なのです。

       庭に植えた桑も実が多いという宣伝文句にひかれたもので、葉を見たときの違和感をスルーしてしまったのです。素性もよくわからないのに、なんとも情けないことです。
  だからほとんどのカイコは無事に育たないと半ば諦めていましたが10日目には形ばかりの小さな繭を作りました。カイコが強健な品種だったおかげでしょう。

    一方、人工飼料で育てたカイコは7日目に飼料が足りなくなって愛媛蚕種まで買い足しにいきました。そして8日目には糸を吐きだして団扇にとりつかせると立派な繭団扇を作りました。同封された透明の容器を使ったら、中で立派な繭を作りました。
   もちろん孫には、しっかりとカイコへの餌やりや観察はさせたので、この夏休みの後半は心穏やかに過ごせそうです。


  5令起蚕のカイコが箱づめされて到着。よく考えられた包装でおくられてきます。

  カイコを台紙ごと飼育容器に移し、人工飼料を輪切りにしてカイコに与えます。

       5令5日目の人工飼料育のカイコ   エサの量は目分量です。

5令6日目の人工飼料育のカイコ。丸々と太っています。カッターナイフやピンセット、飼育容器などは、アルコールで消毒して使います。人工飼料には抗生物質や防腐剤が入っていますが、念のため。

       庭の桑の木です。植えて3年目。枝が開帳性なので狭い庭には少し迷惑。

      庭の桑には鈴なりに実がつきますが、いくら熟しても甘くはなりませんでした。

    クワの葉による飼育。人工飼料育にくらべて発育が劣って、悩みの種になります。
        繭づくりの足場を作り始めたので、うちわに移動してもらいます。

ウロウロと繭をつくる足場を探し回りますが、そのうち諦めてうちわの平面に糸をはいていきます


   郵パックに入っていたプラスチックの透明容器。熟蚕を一頭づつ入れて繭づくりを
  観察できます。

     繭うちわの完成です。おカイコさんご苦労さまでした。