蚕と絹のあれこれ 45

養蚕の言葉  その3


  桑の品種の数は千を超えますが、それらは寒さに強い『やまぐわ1』と暖かい地方にむいた『魯桑2』、両者の中間になる『からやまぐわ3』の系統からできています。

  蚕業試験場にいたころは、『しんいちのせ』や『みなみさかり』といった 『からやまぐわ』系の品種が植わっていました。

1 やまぐわ ;  春の発芽は早く、葉の硬化が早い系統です。葉は小ぶりで葉数は多
    く、緑色が濃い特徴があります。主な品種には、剣持や しんけんもち 市平 
   かんまさり があります。
2 魯桑 ;  春の発芽は遅く、秋の葉の硬化が遅い系統です。葉は大きめで葉数は
     少なく、主な品種には魯桑 わせみどり があります。
3 からやまぐわ ; 発芽はやや早く、葉の硬化がやや遅い系統です。枝数・葉数とも
     に多く、主な品種には 一ノ瀬 改良鼠返 しんいちのせ があります。

  桑は遺伝的に雑駁なので種を播いても親と同じものは出てきません。同じ品種をつくるためには挿し木を使って増やします。

  挿し木には古条挿し木4(こじょうさしき)新梢挿し木5があって、どちらも発根促進剤に一晩つけて植えつけるとほぼ確実に苗をつくれます。桑は元来、生命力の強い作物ですから。

  それに、いくら収穫してもすぐに新梢6(しんしょう)が伸びてきてツヤのある肉厚な葉を数多くつけます。

4 古条挿し木 ; 早春に株元から切りとった枝を15aほどの長さに切ってさし穂にし
     ます。地温が15℃以上になれば、さし穂をインドール酪酸0.4%を40倍に薄め
     て1日浸漬し、その後苗床に差し込みます。
5 新梢挿し木 ; 桑が発芽して45日目頃の新たに伸びた枝葉を採り、葉を2枚残し
     た20aほどのさし穂をつくります。インドール酪酸の800倍液をバケツにつくり
     さし穂の基部を24時間浸漬します。さし穂の下部の半分ほどを苗床に差し込み
     ビニールトンネルで被覆し、さらに葦簀で覆います。
6 新梢 ; 新たに伸びてきた枝葉のことです。

  ただ、傾斜地の桑園は表土がうすくて礫が多く、土は栄養分の少ない赤黄色土7(せきおうしょくど)です。なので桑づくりには十分な施肥が必要になり、3月には春肥8、6月は夏肥9、7月に追肥10、11月には冬肥として堆きゅう肥11を施用します。

  また、蚕をどれだけ飼育できるかは採れる桑の量によって決まります。一般的に10eの桑園からは春蚕期に1,800`の条桑12(じょうそう)がとれ、晩秋蚕期には同じ株から1,600`がとれます。
  この収穫の仕方は夏切り13といって、春蚕用には株元から枝を切りとり、晩秋蚕にはその後伸びてきた枝を地面から70aの高さで切って収穫します。
7 赤黄色土; 土の色は赤っぽい黄色をしている酸性土壌です。有機質や栄養素の
    少ない痩せた土壌です。
8  春肥 ; 春の発芽前20〜30日くらいに年間施用量の4割を施用します。ちなみ
    に年間の施肥量は10aあたりの成分で窒素30`、リン酸16`、カリ16`で
    す。
9  夏肥 ; 夏切り後遅くとも一週間以内に年間施用量の5割を施用します。
10 追肥 ; 7月下旬に年間施用量の1割を施用します
11  堆きゅう肥 ;  牛糞たい肥を10aあたり1500`以上を施用します。
12 条桑 ; 桑葉をつけたままの枝を刈り取ったものをさします。
13 夏切り ; 春蚕期の収穫の際に条桑を基部から伐採することをいいます。

  この収穫量からすれば春蚕期には1.5箱(3万頭)、晩秋蚕期には1.2箱(2万4千頭)の蚕を飼うことができます。

  この場合、ひと箱に2万頭の蚕が入っていることが前提ですが、一部地域では組合製糸が少しでも多くの繭を買い入れるために3割ほどの頭数を上乗せしていました。

  当然、農家では5令の後半には桑が不足しはじめます。すると製糸の職員や蚕業技術員は、朝4時にトラックで県境を越えて高知の奥の養蚕農家を訪ね、桑を刈り取って積み込みます。
  ねじり鉢巻きで腹巻に札束を詰め込んで、その場で値段を交渉しながら桑を買うのです。四国の辺境の地ならではの光景ですが、相手の農家も慣れたもので蚕を飼うよりも楽に稼げるので待っていました。

  そうして戻ってくると地域の養蚕農家を回りながら桑束を置いていくのです。こうした桑買い14は一時的ならともかく、常態化すると無理がたたってよい繭づくりにはつながりませんでした。

  なお、夏蚕や初秋蚕に用いる桑は春の発芽前に株もとから前年の枝を切り取り、その後のびてきた条桑を使います。これを春切り15とよんでいます。

14 桑買い ; 桑園の桑が足りなくなって他から桑を購入することをいいます。
15 春切り ; 早春に桑の古い枝を基部から伐採することをさします。

  収穫した条桑は通常20`くらいの束にして、わら縄でしばって畑から運び出し貯桑場に保管します。

  愛媛県に赴任したときのことです。
  試験場に来て挨拶もそこそこにいきなり桑とりをすることになり、買ったばかりの背広が一日でパーになってしまいました。

  県庁で辞令をもらうまでは、どこに配属されるかわからなかったので着のみ着のままでやってきて、東京での荷物はまだ大阪の実家にしか届いていませんでした。
  それに剪定鋏(せんていばさみ)に慣れてないため、太い枝が切れずに私がつくった桑束はせいぜい10`ほど。

  なので、貯桑場から蚕室へ桑束を運ぶおばさんたちからは『これはどーしたん?  誰が作りなさったんやろかー』と冷やかされました。

  それでも一年たつと30`の桑束を作れるようになり、今度は『こがいに重いの 誰がつくりなさったんかのー なぁ先生! 』と言われたことを思い出します。