養蚕の言葉 その2
繭は地区ごとに出荷する日や集める場所が決まっているので、農家は繭を袋につめて運びこみます。蚕業試験場の近くにも繭の集荷場があったので、何度かのぞきに行きました。
集荷場では蚕業技術員が持ち込まれた繭の重さを計量し、続いて集まった農家が共同で選繭1して、少しだけ繭検定2用の繭を採取すると残りを袋につめていきます。
地区の繭が集まったら、まとめてトラックに積み込んで製糸工場に運びます。このときばかりはみなホットして笑顔がこぼれていました。
1 選繭 : 繭を選繭台にひろげて汚れた繭や奇形の繭を取り除く作業のことです。
2 繭検定 :県の設置する繭検定所が荷口のサンプル繭を操糸し、生糸量歩合や解じ
ょ率などの繭品質の検定を行います。その検定結果をもとに当該荷口の繭の価
格が決まります。
ここでも賑やかにお世話をしている蚕業技術員は、地域のすみずみまでまわって農家に技術を教えたり、世間話しや時には人生相談にのったりしているので農家からはずいぶん信頼されていました。
彼ら技術員はみな陽気で明るく、農家へ行くと息子の嫁のことをとにかく褒める。旦那には奥さんあっての旦那と言って褒めまくります。そのわけを聞くと、『お蚕は蚕育て(こそだて)だから お嫁さんや奥さんあってのこと。』というのが理由らしい。
盆に孫がやってくると聞けば 『婆ちゃん 孫に小遣い やらんといけんやろ。 夏蚕を少し飼うて みんかな。お盆まえにはお金 入るけん。』 といってすすめたりします。
お米やみかん農家は、一年に一度しか現金が入りません。これに対して養蚕は、どの蚕期でも出荷すれば、製糸から仮払いのお金が支払われます。現金収入の機会が多い作目なので、農家からは喜ばれたものです。
ところで、蚕を上手に飼うことはよい繭づくりにとっての基本ですが、繭を作り始めてからも気をつけるべきことが幾つかあります。
熟蚕を回転蔟にとりつかせると、蚕は頭を八の字に振りながら糸をはいて足場を作ります。最後の尿を出してお腹をカラにすると、足場を支えに自らを囲むように繭の外層を作り始めます。さらに器用に体を反転させながら繭全体の厚みをふやしていきます。
こうした繭づくりは、春なら4日、夏の暑いころには3日かかります。そして蚕はすべての糸吐き終わると2日かけて蛹にかわります。蛹になった当初は、体が黄色く柔らかいので衝撃を受けるとすぐに皮膚が破れて繭の中を汚してしまいます。
こうした繭は鼻つき繭3といって、集繭4を早めに始めたときに起こります。ですから集繭は春であれば上蔟して7日、夏であれば6日たってから行います。
3 鼻つき繭 ; 蛹がまだ柔らかい時期に外からの衝撃を受けて出血し、繭の内部が
汚れてしまった繭のことです。
4 集繭 ; 『繭かき』とも呼ばれ、蔟から繭をはずして集めることです。
繭づくりの部屋が暑いと、蚕は糸を吐くのに疲れてしまって休憩します。すると糸はその部分で途切れるため、生糸を繰るときに切れてしまって製糸工場5の操糸6作業が中断したり、継いだところが節7になって生糸の品質が落ちてしまいます。
5 製糸工場 ; 繭から糸を繰って生糸をつくるための繰糸機を設置した工場。経営の
多くは民間企業ですが、農家が集まって作った組合が行う場合もあります。工場
には繭を乾燥して貯蔵するための設備も併設されています。
6 繰糸 ; 繭を煮て柔らかくほぐし、糸を引き出して生糸をつくること。生糸には7粒
から8粒の繭の糸を束ねて一本にし小枠に巻き取っていきます。こうした作業は
製糸工場にある煮繭機と全自動繰糸機が行います。
7 節 ; 生糸にした際にコブのような糸の絡みや結び目などができること。『つなぎぶ
し』や『ずるぶし』、『わぶし』などの種類があります。
また、蚕の吐く糸は絹繊維のまわりをセリシンという糊成分が包んでいます。このセリシンは速乾性ですが、湿度が高いと乾きにくくなり、すでに吐いた糸のセリシンと凝着して繰糸のとき切れやすくなります。つまり、糸のほぐれ具合が悪くなって解じょ率8の低下につながるのです。
ですから昔から蚕は風で飼えといわれるように、上蔟後も涼やかな微風が通る環境が望ましく、温度は22℃をたもち湿度は70%以下になるようにします。そうすれば蚕は糸を吐ききって生糸量歩合9は高くなり、解じょ率もよくなります。
8 解じょ率 ; 繭から生糸を繰糸している途中で繭糸が切れた回数の多さを表しま
す。切れた回数が多いほど数値は低くなり、良い繭は80%以上です。
9 生糸量歩合 ; 繭から得られる生糸の量を重量比で表したもので、略して糸歩(いと
ぶ)といわます。蚕期によっても違いますが概ね20%くらいです。繭5`から生
糸1`がとれることになります。
集繭作業では、木枠からはずしたボール紙製の蔟を見ながら汚れ繭10や内部汚染繭11、はふぬけ繭12、玉繭(同功繭)13、薄皮繭14などを取り除きます。
10 汚れ繭 ; 外部汚染繭ともいい、繭の外側が黒く汚れたもの。
11 内部汚染繭 ; 繭を作ったあとに蚕がウイルス病や細菌病などを発症して死亡し、
黒い汚れが滲みだした繭。『死にごもり』ともいいます。
12 はふぬけ繭 ; 繭の両端が極端に薄くなっているもの。
13 玉繭 ; 2頭の蚕が一つの繭をつくったもの。大きく丸い繭なのでひと目でわかり
ます。 同功繭ともよばれ、紬や真綿の原料に使われます。
14 薄皮繭 ; 繭の層が著しく薄い繭のこと。
そして自動収繭毛羽取機15(じどうしゅうけんけばとりき)にかけて蔟から繭をとりだし、繭の周りについた毛羽16を取り除きます。その後、繭を選繭台17に広げて見落としている汚れ繭や奇形の繭を取り除きます。こうして集繭作業が完了すると、繭は出荷のときまで風通しのよいところに蚕座紙を敷いて薄く広げて置いておきます。
15 全自動集繭毛羽取機 ; ボール紙製の蔟から繭を押し出して、突起のあるゴムベ
ルトが回転して押し出された繭から毛羽を取る装置。
16 毛羽 ; 蔟から取り出した繭のまわりに真綿のようについている足場用の糸をさし
ています。
17 選繭台 ; 自然光のもとで繭を広げて汚れ繭や奇形繭などを選別・除去するため
の台です。 下からライトの光をあてて透過光でみるタイプもあります。
大規模の養蚕農家ではこうした集繭・出荷作業が終わっても、次の蚕を飼育するために蚕室の掃除と消毒をしなければならず、案外、忙しいのです。とくに条桑育になってからは、大量の桑の枝が蚕座に残っているので、運び出すのが大変です。
でも、女の人たちが黙々と片付けているをみて、『蚕育ては、お嫁さんや奥さんあってのこと』 という意味がよくわかりました。
繭は地区ごとに出荷する日や集める場所が決まっているので、農家は繭を袋につめて運びこみます。蚕業試験場の近くにも繭の集荷場があったので、何度かのぞきに行きました。
集荷場では蚕業技術員が持ち込まれた繭の重さを計量し、続いて集まった農家が共同で選繭1して、少しだけ繭検定2用の繭を採取すると残りを袋につめていきます。
地区の繭が集まったら、まとめてトラックに積み込んで製糸工場に運びます。このときばかりはみなホットして笑顔がこぼれていました。
1 選繭 : 繭を選繭台にひろげて汚れた繭や奇形の繭を取り除く作業のことです。
2 繭検定 :県の設置する繭検定所が荷口のサンプル繭を操糸し、生糸量歩合や解じ
ょ率などの繭品質の検定を行います。その検定結果をもとに当該荷口の繭の価
格が決まります。
ここでも賑やかにお世話をしている蚕業技術員は、地域のすみずみまでまわって農家に技術を教えたり、世間話しや時には人生相談にのったりしているので農家からはずいぶん信頼されていました。
彼ら技術員はみな陽気で明るく、農家へ行くと息子の嫁のことをとにかく褒める。旦那には奥さんあっての旦那と言って褒めまくります。そのわけを聞くと、『お蚕は蚕育て(こそだて)だから お嫁さんや奥さんあってのこと。』というのが理由らしい。
盆に孫がやってくると聞けば 『婆ちゃん 孫に小遣い やらんといけんやろ。 夏蚕を少し飼うて みんかな。お盆まえにはお金 入るけん。』 といってすすめたりします。
お米やみかん農家は、一年に一度しか現金が入りません。これに対して養蚕は、どの蚕期でも出荷すれば、製糸から仮払いのお金が支払われます。現金収入の機会が多い作目なので、農家からは喜ばれたものです。
ところで、蚕を上手に飼うことはよい繭づくりにとっての基本ですが、繭を作り始めてからも気をつけるべきことが幾つかあります。
熟蚕を回転蔟にとりつかせると、蚕は頭を八の字に振りながら糸をはいて足場を作ります。最後の尿を出してお腹をカラにすると、足場を支えに自らを囲むように繭の外層を作り始めます。さらに器用に体を反転させながら繭全体の厚みをふやしていきます。
こうした繭づくりは、春なら4日、夏の暑いころには3日かかります。そして蚕はすべての糸吐き終わると2日かけて蛹にかわります。蛹になった当初は、体が黄色く柔らかいので衝撃を受けるとすぐに皮膚が破れて繭の中を汚してしまいます。
こうした繭は鼻つき繭3といって、集繭4を早めに始めたときに起こります。ですから集繭は春であれば上蔟して7日、夏であれば6日たってから行います。
3 鼻つき繭 ; 蛹がまだ柔らかい時期に外からの衝撃を受けて出血し、繭の内部が
汚れてしまった繭のことです。
4 集繭 ; 『繭かき』とも呼ばれ、蔟から繭をはずして集めることです。
繭づくりの部屋が暑いと、蚕は糸を吐くのに疲れてしまって休憩します。すると糸はその部分で途切れるため、生糸を繰るときに切れてしまって製糸工場5の操糸6作業が中断したり、継いだところが節7になって生糸の品質が落ちてしまいます。
5 製糸工場 ; 繭から糸を繰って生糸をつくるための繰糸機を設置した工場。経営の
多くは民間企業ですが、農家が集まって作った組合が行う場合もあります。工場
には繭を乾燥して貯蔵するための設備も併設されています。
6 繰糸 ; 繭を煮て柔らかくほぐし、糸を引き出して生糸をつくること。生糸には7粒
から8粒の繭の糸を束ねて一本にし小枠に巻き取っていきます。こうした作業は
製糸工場にある煮繭機と全自動繰糸機が行います。
7 節 ; 生糸にした際にコブのような糸の絡みや結び目などができること。『つなぎぶ
し』や『ずるぶし』、『わぶし』などの種類があります。
また、蚕の吐く糸は絹繊維のまわりをセリシンという糊成分が包んでいます。このセリシンは速乾性ですが、湿度が高いと乾きにくくなり、すでに吐いた糸のセリシンと凝着して繰糸のとき切れやすくなります。つまり、糸のほぐれ具合が悪くなって解じょ率8の低下につながるのです。
ですから昔から蚕は風で飼えといわれるように、上蔟後も涼やかな微風が通る環境が望ましく、温度は22℃をたもち湿度は70%以下になるようにします。そうすれば蚕は糸を吐ききって生糸量歩合9は高くなり、解じょ率もよくなります。
8 解じょ率 ; 繭から生糸を繰糸している途中で繭糸が切れた回数の多さを表しま
す。切れた回数が多いほど数値は低くなり、良い繭は80%以上です。
9 生糸量歩合 ; 繭から得られる生糸の量を重量比で表したもので、略して糸歩(いと
ぶ)といわます。蚕期によっても違いますが概ね20%くらいです。繭5`から生
糸1`がとれることになります。
集繭作業では、木枠からはずしたボール紙製の蔟を見ながら汚れ繭10や内部汚染繭11、はふぬけ繭12、玉繭(同功繭)13、薄皮繭14などを取り除きます。
10 汚れ繭 ; 外部汚染繭ともいい、繭の外側が黒く汚れたもの。
11 内部汚染繭 ; 繭を作ったあとに蚕がウイルス病や細菌病などを発症して死亡し、
黒い汚れが滲みだした繭。『死にごもり』ともいいます。
12 はふぬけ繭 ; 繭の両端が極端に薄くなっているもの。
13 玉繭 ; 2頭の蚕が一つの繭をつくったもの。大きく丸い繭なのでひと目でわかり
ます。 同功繭ともよばれ、紬や真綿の原料に使われます。
14 薄皮繭 ; 繭の層が著しく薄い繭のこと。
そして自動収繭毛羽取機15(じどうしゅうけんけばとりき)にかけて蔟から繭をとりだし、繭の周りについた毛羽16を取り除きます。その後、繭を選繭台17に広げて見落としている汚れ繭や奇形の繭を取り除きます。こうして集繭作業が完了すると、繭は出荷のときまで風通しのよいところに蚕座紙を敷いて薄く広げて置いておきます。
15 全自動集繭毛羽取機 ; ボール紙製の蔟から繭を押し出して、突起のあるゴムベ
ルトが回転して押し出された繭から毛羽を取る装置。
16 毛羽 ; 蔟から取り出した繭のまわりに真綿のようについている足場用の糸をさし
ています。
17 選繭台 ; 自然光のもとで繭を広げて汚れ繭や奇形繭などを選別・除去するため
の台です。 下からライトの光をあてて透過光でみるタイプもあります。
大規模の養蚕農家ではこうした集繭・出荷作業が終わっても、次の蚕を飼育するために蚕室の掃除と消毒をしなければならず、案外、忙しいのです。とくに条桑育になってからは、大量の桑の枝が蚕座に残っているので、運び出すのが大変です。
でも、女の人たちが黙々と片付けているをみて、『蚕育ては、お嫁さんや奥さんあってのこと』 という意味がよくわかりました。