折々の記 37

 歳をとると懐かしい味


   愛媛県に住んで四十年余りになりました。人生の半分以上をここで過ごしています。 これほど長く暮らしていても、生まれ育ったところの食べ物が妙に懐かしいときがあります。住んでいたのは大阪の下町ですが、母親が三重県の出身だったので舌は両方の味を記憶しています。
   とりわけ好きなのは 『紅しょうがの天ぷら』です。大阪では普通に惣菜屋で売っていましたが、こちらでは見たことがありません。きつね色の衣に包まれたあの赤い天ぷらがあれば、ほかにオカズがなくても十分です。
   『はんぺん』も好きなものの一つです。 おでんに入れる揚げ物ではなく、白くフワフワした紀文の『はんぺん』です。少し焦げめがつく程度に軽く焼いてショウガ醤油で食べるとさらにご飯がすすみます。
   また、雑煮といえば味噌汁に角餅でしたが愛媛では丸餅の澄まし汁仕立です。お味噌は辛めの米味噌でしたが、こちらでは甘い麦味噌です。書きながら気がついたのは、これらの多くが我が家の食卓にのっていることでした。多分に妻の心づかいでしょう。
   ただ、魚だけは別です。子供の頃の魚といえばシャケの切り身かメザシ、ミリン干しです。これが魚といえるか疑問ですが、いずれも塩漬か干物のたぐいです。本当の鮮魚を食べてこなかったせいか、今も煮つけや塩焼きといった魚料理は苦手としています。一方、新鮮な魚を食べてきた妻にとっては塩漬けも干物も魚とは呼べないらしい。だから魚が食卓にのぼることはあまりありません。
    それが最近、子供が海釣りに行きだしてハマチやヤズを釣ってくるようになりました。釣る方は楽しいのでしょうが、釣ったあとの処分はこちらに回ってきます。 ハマチなら60pくらの長さのものが10本も持ち込まれるので、出刃包丁を研ぎながら見よう見まねで捌いています。食べることはありませんが、せっかくなので魚の捌き方くらいは上手くなりたいと思っています。