折々の記 34

秋を見つけに皿が嶺へ


   十一月のなかばに秋を見つけようと近郊の里山を訪ねることにしました。紅葉の時期もいいですが落葉した山道を歩くのも風情があっていいものです。松山から東へ車で30分ほど走り国道を離れて重信川にかかる橋を渡ると下林(しもばやし)という集落に入ります。そこから前方の山に向かって緩やかな坂道を進むとすぐに左手に川があらわれ、両岸には手入れのされた水田が棚田状に上へ向かって伸びています。

 きれいに手入れされた棚田が皿が嶺の麓に向かって伸びていて、農家の誠実さが見て取れる
   川は山あいから流れ出して細長い扇状地をつくり、下流で重信川と合流して道後平野を作っています。車が高度を上げていくと上林(かみばやし)という集落に入りました。"かんばやし"と思っていたら "かみばやし"が正しくて、もとは下林と一つの村をつくっていました。江戸中期に重信川の氾濫がおさまると下の方では新田の開発が行われ、人口が増えて上(かみ)と下(しも)に分けたようです。
          ここを下りきると左に向かって道後平野が広がっています。
   道は集落をすぎて山の麓の「湧水」というところで終わっていました。 傍らに標識があり、それによると源流はもう少し登ったところにあるらしい。あたりはひんやりとした空気につつまれて、林をわたる風の音だけが聞えます。 前方の山は標高 1271bの皿が嶺(さらがみね)といって、頂上付近が平らでお皿を伏せたような恰好をしているため皿が嶺の名がつけられたようです。
   山裾まで来て道路も終わる。石垣を積み上げてわずかな耕地をうみ出している。
   右の方に薄暗い林道があり、「⇒風穴」 という標識があります。雪のために交通規制が掛かると注意書きがありますが、降りてくる車があったので行ってみることにしました。蛇行する細い林道を登っていくとイチョウの黄葉やモミジの紅葉が目にとまります。しばらく行くと少し開けた広場にでました。看板には上林森林公園とあり標高は950b。ずいぶん上ってきたものです。
      少し開けた場所はドクターヘリの着陸場所にもなっていた。
   道の脇には木の階段があり、登っていくと「風穴」と書かれた碑がありました。話に聞いていた風穴です。
          道の横に風穴の文字が刻まれた石碑がある。 
           風穴の周囲は四角く柵で囲われている
   風穴の室の内部。四方を岩で囲い底には長い石が三本並べて置かれている。
    山の斜面は崩落した凝灰岩でおおわれ、その間をぬうようにある山道を登っていくと柵で囲われた窪地につきました。岩の隙間から地中の冷気が吹き出してくるところです。窪地の中は 3メートルほどの深さがあり、中は四方を岩で囲われた室(むろ)のようになっています。冷気の吹き出し口は窪地の中ではなく柵のすぐ上の岩の間です。
     凝灰岩が崩落している。手前にある岩の隙間から冷風がでている。
   夏は吹きだす冷気が霧となって窪地を覆うようですが、気温の低いこの時期はみえることはできません。以前は屋根や入り口もあったのでしょう。蚕の卵(蚕種)を冷気によって夏まで保護していました。
  晩秋を迎えて訪れる人がいないのか山は静寂に包まれています。岩をおおうコケが湿気を放ち清閑な空間は心も浄化されるようでした。