折々の記 78

 如月のころ



  二月も後半になると時折、春めいた陽気に包まれる日があり、季節は少しずつ春に向かっていると感じます。

  そんな春を思わせる日和のもと、閑静な住宅街を歩いていると、垣根越しに赤いツバキが咲いていたり白い梅の花が甘い香りを漂わせたりするので、思わず足が止まります。家々の花を眺めながら歩くのは、この時期の散歩の一つの楽しみになっています。

  そうしたことは昔の人も同じだったようで、平安貴族の一人である藤原敦家は『主(あるじ)をば 誰ともわからず 春はただ 垣根の梅を訪ねてぞみる』と、垣根越しに見える梅に惹かれてやってきています。
  梅の花は一輪一輪が寒空に凛(りん)として花ひらき、甘くかぐわしい香りを放つので、庭はさぞ梅花馥郁(ばいかふくいくたり)といった感じだったのでしょう。

  かつて日本人はこうした梅をこよなく愛していました。
  万葉集4500首のうちで植物がよみ込まれた歌は1700首あり、そのベストスリーに梅の119首が入っています。一方、桜は46首で11位です。

  梅は遣唐使によって中国から伝えられた舶来ものだっただけに、それだけで喜ばれた一面もあったのでしょう。
  平城京をつくった聖武天皇ですら渡来した梅と柑子(こうじ)を住まい近くに植えて楽しんだとか。それが慣例となって紫宸殿に植えられるようになり、いつしか梅が桜に替わってしまいました。
  でも一木(いちぼく)としての美しさは梅の方が桜より優っているように思います。

  ところで、今年は蝋梅や梅の開花が遅れた一方で、河津桜は少し早めに咲きはじめています。例年、賑やかに庭へやってきていたメジロやヒヨドリもいまだに姿を見せません。
  それにセグロカモメたちはひと月遅れで渡ってきたものの、いつもの人懐っこい老いたセグロカモメはとうとう姿をみせませんでした。

  この冬はいつもと違う冬になりましたが、それも終わりを告げようとしています。

                  河津桜