蚕と絹のあれこれ 37

カイコのご先祖さん
  カイコには日本種、中国種、欧州種という三つの種類があります。幼虫や成虫の外観に違いはありませんが、繭は日本種が小ぶりで真ん中がくびれた俵形をしています。中国種は大きく丸みのある楕円形で、欧州種は長い楕円形をしています。繭の糸は日本種が太く、中国種は細く、欧州種はその中間です。

   こうした違いは養蚕が伝わった先々で地域にあった個体が選抜されて生じたもので、地理的差異とよばれます。カイコは多くの人の手が加えられてきましたが、もとのご祖先さんはどんな虫だったのでしょう ?

 カイコと同じように絹をつくる昆虫には柞蚕(さくさん)や天蚕(てんさん)、クスサン、エリサン、クワコなどがいて、外観でカイコにもっとも近いのがクワコです。それに染色体もほぼ同じです。
 クワコは極東ロシアや中国、朝鮮半島、日本、台湾などに生息しています。黒っぽい斑紋におおわれた姿をしていて大きさはカイコの1/3くらい。桑の葉かげでジッとしていて鳥の糞と間違えてしまいます。餌は桑の葉のみで、葉を綴り合せた中に小さな紡錘形の繭をつくります。
  
    桑の葉にいるクワコの幼虫          クワコの成虫。飛びます

   桑の葉に作られたクワコの繭
  カイコを飼っていると収穫した桑にクワコがついていることがあり、つかむと胸をふくらませて威嚇してきます。何度か飼育しようとしましたが、いつの間にか忍者のように姿を消してしまうのです。今では密閉した容器のなかで人工飼料によって飼えるようになりましたが、日本では桑畑が消えてクワコが生息できる場所が無くなっています。いずれ絶滅が危惧される昆虫になってしまうでしょう。

 近年、遺伝子の解析技術が進んだおかげでクワコについても研究が行われ、その系統の起源がわかってきました。クワコの先祖はロシアの南部を出発点にして、まず日本のクワコが枝分かれをし、その後台湾や朝鮮半島のクワコが分かれて、最後に中国のクワコが分化しその一部がカイコになったというのです。北方系の昆虫であるクワコは氷河期とともに南下しながら分化の道をたどり、数百万年前に中国においてカイコを派生したのです。
   クワコはクワコと交配させて雑種をつくることができますし、うまれた雑種(F1)は空を飛びます。カイコのご先祖さんはクワコだったのです。

 元祖のカイコもはじめの頃はクワコとさほど大きさに変わりはなかったでしょう。それがある時、突然変異によって三眠性のものから四眠性のカイコがうまれ、幼虫は大きくなって繭も大きくなり古代の人の目にとまったでしょう。そんな幼虫を集めてきて近くの桑の木に放すことで原始養蚕が始まりました。その後人類はおよそ一万年をかけて現在のカイコをつくってきたのです。