蚕と絹のあれこれ 20

蚕はなぜ年中いつでも飼えるのだろう

   一般的に昆虫は春から秋にかけて一回や二回、三回と世代を過ごし(なかには四、五回のものもいますが)、秋が深まって食べ物がなくなり寒さが厳しくなると卵や蛹(さなぎ)になって冬をやりすごします。
  蚕は自然の状態なら年に一つの世代で終わりますが、人の手を借りると何世代でもおくれます。もちろん桑の葉が枯れて無くなる冬だって大丈夫です。自然の摂理からは外れますが、どのようになっているのでしょう。
   養蚕ではできるだけ多くの繭をつくるために温度管理ができる飼育室や桑の代わりとなる人工飼料が開発されたほか、一年中いつでも卵から幼虫をふ化させることが可能になっています。蚕は春に卵からかえると一と月ほどの幼虫時代を過ごし、繭をつくって蛹になると6 月下旬には蛾(が)になって卵を産む一生をおくります。産んだ卵は翌年の春まで孵(かえ)ることはありません。(ここでは一化性の蚕を例にとっています)
     
    蚕の卵 青い卵は受精した卵です        卵から幼虫がふ化しています
   産まれた卵の中ではすぐに細胞分裂が始まり、分裂は数日のあいだ盛んにおこなわれます。将来、幼虫の体になる胚子(はいし)がつくられると、そこでいったん分裂は停止します。そしてまもなく休眠(きゅうみん)にはいるのです。 休眠とはホルモンの作用によって呼吸以外の活動を停止し、冬の寒さをやり過ごすための仕組みです。蚕が完全な休眠に入りきるには60日ほどかかるため、夏の終わりごろにはしっかりと休眠期に入ります。 そして冬の寒さに一定期間さらされると刺激をうけた胚子は休眠からめざめます。目をさましても寒いうちは春がくるのを卵の中でジッと待っています。 つまり5 ℃の寒さが 60日間続くと休眠からめざめ、引き続き5 ℃がつづけば冬だと思って胚子は発育を停止したままです。これを暖かい条件に移すと胚子は春が来たと思って発育を再開し10日ほどで幼虫の体を完成させて卵からでてきます。 ちなみに春が来たと思わせるには 気温25 ℃で湿度75%、光を毎日16時間照射すればよいのです。 
  この仕組みを利用して、 5月10日に幼虫をふ化させようと思えば 4月28日に卵を5℃の冷蔵庫からとり出して周囲の環境になじませ、5月 1 日には春の部屋へ移せばよいのです。冷蔵庫が無かった時代には風穴(ふうけつ)といって山の中に冷たい風が吹き出す岩穴があり、そこに卵を保管していました。有名ところでは富士山の富岳風穴があり、中は年間を通して3℃になっています。全国各地にある風穴もまた、養蚕が盛んだったころに蚕種を保管するための冷蔵場所だったのです。
       
  愛媛県八幡浜市保内町にある愛媛蚕種株式会社の正面(左)と かつては氷室であった冷蔵庫(右)
   このようにしっかり休眠させてから必要な時に春を告げてふ化させる方法のほか、休眠に入るのを阻止してふ化させる方法や2ケ月ほどの軽い休眠をさせたのちふ化させる方法もあり、これらを組み合わせて希望する日に蚕をふ化させています。 だから蚕を飼いたいと思えば、(株)愛媛蚕種に依頼すれば希望する日に蚕をふ化させて餌とともに送ってくれます。しかも、希望する発育ステージの蚕さえも提供してくれるのです。