折々の記 33

セグロカモメとの再会


  カモメが姿をみせたのは十月も終わりに近いころでした。春のおわりに姿を消してからずっと気になっていました。それが秋も終わりに近づいたある日、いつものように海岸を歩いていると遠くから一羽のカモメが こちらに向かってまっすぐに飛んできました。白いお腹をみせてながらゆっくりと円を描いて飛びつづけています。あのセグロカモメです。ひとしきり再会のデモンストレテーションを終えると沖のテトラポットにフワリと止まりました。

           低いところで旋回を繰り返すセグロカモメ
   翌日も海岸に歩いていると、どこからともなく飛んできます。パンのかけらを砂浜におくとサッと舞いおりて食べています。カラスたちが目ざとく見つけてやってきますが、セグロカモメに一喝されて横でたたずんでいます。またウミネコの群れがやってきて上空で舞っていますが降りては来ません。セグロカモメはパンのかけらを飲み込むと波打ち際まで歩いて行って、二、三度海水を飲むと満足そうな顔をしています。
  
 
       旋回したのち着水し、海からあがってくるセグロカモメ

  このセグロカモメは人を覚えていて何かを伝えようとします。生物学者のコンラート・ローレンツは野生の鳥であっても人間とのコミュニケーションをとることはできると言います。おそらくそうなんでしょう。
   セグロカモメは一羽でいることが多いのですが、ウミネコはいつも群れでいます。ウミネコは夕方になると群れのまま塒(ねぐら)へ帰っていきますが、リーダーらしき鳥がクァークヮックヮックヮッーと大きく鳴いて出発の合図をします。すると五十羽ほどが一斉に飛びたって列になって飛んでいくのです。
  ウミネコはミァッ ミァーとネコのような地鳴きをしますが、これは誰に教わるわけでもなく持ってうまれた鳴き方です。ところが先ほどのリーダーの鳴き方は成長するなかで学んでいく"さえずり"です。さえずりは上手なお手本があればうまく鳴けるようになり、下手なお手本であれば下手なさえずりになってしまいます。
   以前、ウミネコの群れが休んでいる時にクイーンクィンクィンクィンとセグロカモメの"さえずり"を聞いたことがあります。ひょっとすると ウミネコがセグロカモメの"さえずり"をまねているのかと思いましたが、これについて動物行動学者の日高敏隆さんがおもしろい話をしています。
   『 ウグイスのヒナが耳が聞こえるようになって初めて聞く音がカラスのカーカーという鳴き声だったら、ウグイスは学習してカーカーと鳴くかといえばそういうことはない。カーカーと鳴くウグイスはいないのである。 しかし、ヒナにホーホケキョという"さえずり"を聞かせると真剣に聞きいって、大きくなるとホーホケキョと歌いだす。記憶した歌声と照らし合わせて練習し、修正しながら最終的にはうまく鳴けるようになる。ところがヒナの時にホーホケキョを聞いたことのないウグイスは大きくなってもホーホケキョと鳴くことはない。』 というのです。
    学ぶべき鳴き方は遺伝的に決まっていて、ほかの鳥の鳴き声は関係ないのです。そして子供の頃に親から聞いた鳴き方を覚えていて、成長したときそれをお手本に練習しながら鳴けるようになるわけです。
   だから、あのセグロカモメの"さえずり"はウミネコがまねているのではなく、群れの中にセグロカモメがまじっていて鳴いていたのでしょう。
   同じカモメの仲間なのでセグロカモメが混じっていることもあるでしょう。あのフレンドリーなセグロカモメなら十分あるように思います。