折々の記 30

エダシャク

 
   このところエダシャクの蛾(が:成虫)がさかんに飛びまわっています。
   一斉に羽化(うか)したようです。必死で羽ばたいていますが、わずかな風にも押し流されて思うように進めません。ガはチョウにくらべて飛ぶことが苦手です。それにしても頼りない飛び方を見ていると、ヤキモキしてしまいます。 こんなフラフラとした飛び方は高速でやってくるツバメにとっても想定外らしく、捕まったところを見たことがありません。

   このガはウメエダシャクという種類です。飛んでいるのはおそらくオスなのでしょう。初めにオスが羽化(うか)して後からメスが羽化してきます。オスが先に飛びまわっていると天敵に食べられる数も多いのですが、そのかわり天敵も食べ飽きるので後からでてくるメスが狙われにくくなります。それにオスは少々数が減っても何度も交尾できるので食べられたとしても問題はありません。運よく生き残ったオスは羽化するメスを待ち構えていて、見つけるとすぐに交尾するので優雅に出会いを楽しむ余裕はありません。虫の世界では人間のようにまどろっこしい手続きは必要ないのです。
   このエダシャク、幼虫は尺取虫(しゃくとりむし)という呼び名をもっています。大工さんが親指と人差し指で長さを測るのを「尺をとる」と言いますが、その指の動きが幼虫の歩く姿に似ているので「尺とりむし」の名がついています。
   このユーモラスな動きはシャクトリムシ特有の事情が原因しています。 幼虫には3対の胸脚と5対の腹脚があり、その5対の腹脚のうち後方の2対で枝をつかんで立ち上がります。小枝のように見せかけるのです。 その姿は鳥さえ見まちがえるほど完成度が高く、擬態(ぎたい)とよばれます。この枝をつかむ2対の腹脚が発達して強くなった一方で、日頃使わない3対の腹足は不要になって退化しまいました。すると枝の上を移動しようと思っても長い胴を途中で支える腹足がないので、お腹を擦(す)らないように体を弓のようにまげて移動するしかなくなったのです。すべては枝になろうとした事から起こっています。
   擬態が巧みなエダシャクですが、ウメエダシャクの幼虫は黒地に赤褐色の横じまがあってどこから見ても小枝には見えません。擬態というエダシャク本来の能力を手放して敢えて目立とうとしています。それもグロテスクな色でまわりに警戒を促しているかのようです。それに蛾のほとんどは夜行性ですが、ウメエダシャクの蛾は昼間に飛び回ります。しかも羽根は黒地に白のまだら模様です。なんとも目立ちやすい衣装です。なぜ幼虫にしても成虫にしてもかくも派手好みなのでしょうか。
   どうやらウメエダシャクの体液は驚くほど不味いらしいのです。天敵である蝙蝠(こうもり)や鳥などはそのまずさを代々教えられ、敬遠しているといいます。だからウメエダシャクも『私はとてもまずいから間違わないで!』 と言っているのです。あのぎこちない飛び方も蝶と間違われないための演出でしょう。 そして派手な衣装やぎこちない飛び方は自分のまずさを武器に生き残ろうとする、この虫のしたたかな戦略なのかもしれません。