折々の記 32

植え痛み


   養蚕の研究をする試験場で10年ほどたったある日、野菜の試験場へかわることになりました。虫を育てる仕事から虫を駆除して野菜をつくる仕事への大転換です。そもそも学校で野菜を学んでいなかったし、都会育ちなのでスーパーに並んでいる野菜を見るくらい。知識のかけらほども持っていません。ただ、研究するには栽培ができないと始まらないし、野菜はやたらと種類が多い。あれこれ考えるだけで気が遠くなりました。これまでエアコンのきいた部屋で白衣を着て試験管やシャーレをもって病原菌と暮らしていただけに、えらいことになったものです。

  でも、いつまでも身の不運を嘆いていても仕方ありません。とりあえず農作業ができる恰好だけでも揃えようと思いました。真っ先に思い浮かんだのが地下足袋です。なぜ地下足袋なのかはわかりませんが、転勤の挨拶にいった老先生が地下足袋をはいていたせいかもしれません。さっそく町の古びた靴屋をたずね、薦められるまま買ったのが小鉤(こはぜ)12枚という地下足袋でした。ふくらはぎまで包める長さがあって留め具が12個もついています。あとで聞くとトビ職やお祭り用の地下足袋でした。
   試験場では朝の打ち合わせが終わると、それぞれが受け持つ畑へ一斉にでます。老先生は小鉤5枚だからさっさと履いてでかけますが、こちらはブーツみたいなやつだから履くのにやたらと時間がかかります。同僚たちはと足元をみると、彼らは運動靴です。一時が万事、こんな調子です。 しばらくは祭りの足袋でがまんしましたが、それが次第に長靴にかわり運動靴に変わっていきました。履物の変化とともに農作業にも慣れ、二年もすれば野良仕事の恰好もさまになりました。
  とはいっても追肥を忘れてコカブのような玉ねぎをつくり、液肥の濃度をまちがえて苗を枯らしたりとか、そんな失敗はあげればきりがありません。それでも三年目には畑をみれば野菜の育ちの良しあしが分かるようになり、四年目には土の良し悪しも分かるようになりました。

   野菜などの作物は、つくる技術が未熟でも土さえ良ければある程度作れます。土が良くないとベテランでもつくるのは難しいうえ、いらぬ手間がかかります。 良い土は黒みがかって粒子が細く、さわるとフカフカしていますが、握ると固まってすぐには崩れません。そうした土にするにはたい肥を入れて時間をかけて土を作るしかありません。
   土がふくよかになれば根に変化があらわれます。根には主根や側根、ひげ根があって、それぞれの根には顕微鏡でしか見えないような根毛がびっしりと生えています。 根毛は1_ほどの長さしかなく養分や水を吸う働きをしています。一般に根が吸うといわれるのは根毛がその多くを担っているのです。土が良ければ根毛の数は桁違いに多くなります。
   苗を移植するときに萎(しお)れて植え痛みを起こすのは、この根毛が取れてしまうためです。この植え痛みを小さくするには、植え穴にたい肥と肥料をまぜ入れて植えつけたのち、たっぷりと水を与えます。根毛はもともと数日で更新されるため、根が育ちやすい条件さえ整えておけば少々植え痛みを起こしてもしっかりと育ちます。
   こうして野菜づくりに慣れたある日のこと、突然事務の仕事に変わることになりました。辞令一枚で一週間後には異動先に転勤です。今まで一人だけで仕事をしていたのに今度は千人近くが座っています。思っただけで息がつまりそうで憂鬱でしたが、とりあえず背広と革靴だけは買いそろえました。新調した背広姿で転勤の挨拶にいくと老課長が 『な〜に、畑にカボチャがころがっていると思えばいいから、大丈夫 ! 』と豪快に笑っていました。
  ところが、しばらくしてわかったことは『その畑のカボチャの一つ一つが物を言う』 ことでした。それも激しく主張したり文句を言ったりとうるさいのです。畑の静けさがなんとも懐しかったのですが、その騒々しさも背広姿が慣れるにつれて気にならなくなりました。
   職場に人を育てる優しさがあればよいのですが、必ずしもそうとは限りません。 だから人は異動や転職をすると植え痛みにあうのです。 でも、何でも知りたいと思う好奇心さえあれば、少々植え痛みにあってもその後は旺盛に生育します。  振り返ってみるとそんな気がします。