折々の記 2

 オオスカシバ


 
  庭に見慣れぬ生き物がいる。 うなりをあげて羽根をうごかし、空中にとまって花の蜜を吸っている。それに敏捷に移動している。
  てっきりハチドリだと思ったら、日本には生息していないらしい。羽根は透明で胴の部分は緑がかり、しかも赤いすじがある。調べてみるとオオスカシバという蛾のようだ。
   一般に、蛾は夜に活動して昼間に動くのは蝶のはずであるが、蛾であるオオスカシバは例外らしい。 ちなみに夜に活動する蝶はいない。夜の蝶は人間の世界だけのものである。

   オオスカシバの飛ぶ速度はかなり速い。蝶や蛾の仲間では最も早いのではないか。 それにヘリコプターのようにホバリングさえできる。羽根はセミのように薄くてかたく、胴は空気抵抗の小さい紡錘形だ。これほど飛ぶことに身体を進化させた蛾は珍しい。
   こうした飛翔をするためには多くのエネルギーがいるだろう。エネルギーの源は花の蜜だから、花を見つけるには日中に動いた方が良いのだろう。でも日中に飛びまわると鳥に襲われるから、より早く飛べるように進化したのかもしれない。

   そもそも、蛾は蝶の仲間だが蝶のように綺麗ではない。枯れ葉や樹皮のように灰色がかっているうえ、毛に覆われて厚ぼったい。だから飛ぶ距離は短くて飛び方もうまくない。明らかに飛ぶことへの努力を怠ってきた結果である。 
   これは幼虫が木の葉をエサにしてきたからだろう。エサになる木を一本だけ見つければ、多くの幼虫を育てるだけの葉が茂り、他の木を探す必要がない。 それにメスはフェロモンでオスを呼びよせるから遠くまでオスを探す必要もない。食事をしたり綺麗にしたり飛びまわったりせずに手軽に相手を見つけたら卵をうむ。 蛾はこれに専念したため今の姿になっている。
  オオスカシバの幼虫はクチナシの葉を食べる。しかもかなりの大食漢である。親は幼虫の旺盛な食欲を考えてクチナシの木を探しては卵を産みわけていく。それには、かなりの数のクチナシがいる。飛ぶ能力を高めたのは「子供の食欲を満たすための木を探さざるを得なかった」という事かもしれない。
  そういえば、庭にクチナシを植えたところだった。 めざとく見つけてやってきたのだろう。 丸坊主のクチナシの木が目に浮かぶようだ。