折々の記 7

 湧き水


 
   最近朝夕の散歩をするようになったら、意外に多くの人が歩いていたので驚いている。最初は妻の誘いにしぶしぶ付き合っていたが、今では散歩に行かないと体調がすぐれないほどである。行き先はすぐそこの海である。川に沿ってゆっくり歩いていくと20分ほどでつく。
   川を眺めながら歩いていると、満ち潮になるとボラやクロダイが潮にのって川をさかのぼってくる。引き潮になれば海は遠くへ移動して、川は一筋の細い流れに変わってしまう。 そんな時、川の底から砂が吹き上げられているのを見ることができる。 水が湧き出しているようだ。魚たちはこの湧き水を浴びに来ているのかもしれない。背びれを水面から出しながら、底に体をこすりつけたりして泳いでいる。

   この湧き水は川のほかにも見ることができる。 後背の山々に降った雨が地下に浸み込んで、扇状地を伏流したあと河口近くで湧いている。「弘法大師が杖で地面をついたら水が湧き出した」という言い伝えがあちこちにあるが、地形をみれば湧き水を見つけることはさほど難しいことではない。
   湧き水は地中で濾過され、各種のミネラルを含むので口あたりがいい。 だから酒造りに適しているらしく、この狭い町にも酒蔵が二軒ある。硬水に近い軟水だから飲み口はキリッとした辛口の酒になる。その点、灘の酒に似ている。
   最近は湧くまえに地下水として汲み上げられてしまうので、ありがたみは感じにくいが、今でも魚や人は湧き水の恩恵には浴している。