折々の記 47
 羞恥心と節度
    ピコピコッ ピコピコッという音が突然、警告音に変わったと思ったら気ぜわしく話す声がします。『血圧が高すぎる。これでは続けられないなぁ』 『降圧剤を投与しましょうか?』  『麻酔するときに痛んだのか』  『少し、待とう!』 と医師たちが話し合っています。

   ここは手術室の中で手術台に乗っているのは私です。どうやら血圧の数値が跳ねあがっているようです。 『血圧240、降圧剤を投与します!』  『頭いたくないですか? 気分悪くないですか?』 と心配そうにのぞきこんで聞く声がします。『えぇ、まあ』と答えたものの、そのあとのことはよく覚えていないのです。

   半身麻酔だから意識を失うはずはなく寝不足だったこともあって眠ってしまったようです。それから二時間ばかり経ったころに医師が 『聞こえますか。石はうまく割れて完全にとれましたよ。』とのぞき込んでつたえます。内視鏡を腎臓まで通し4a大の結石を除去してくれたようです。
   一年ほど前に膀胱の結石とガンの手術をして、そのとき手つかずだった腎臓の結石にケリがついたのです。長年使いこんだ体なのでどこかにガタがくるのは仕方ありません。でも腎臓がもとで死ぬのは苦しいらしく、それだけは避けようと手術することにしたのです。それ以来長く泌尿器科にお世話になってきましたが、その間に意識が変化したようです。

   毎回の検査では内視鏡を尿道から入れるために看護婦が性器を丁寧につまんで消毒をします。それに医師はそれをもって内視鏡を突っ込みます。最初は少し抵抗がありましたが今は何の感情も起こりません。『よろしく !』といった感じです。おそらく羞恥心が希薄になったようで少々のことは気にならないのです。
   羞恥心が薄れると外出すするときの恰好も気になりません。以前はワイシャツに折り目のあるズボンと革靴がいつものスタイルでしたが今では着古した半ズボンにTシャツとサンダルです。お腹が浮きだした姿も気になりません。みっともないという意識はどこかへ飛んでしまったようです。

   そんな格好で街をウロウロしていたら、とうとう元の職場の後輩たちに出逢ってしまったのです。軽く挨拶はしたものの相手がひどく驚いているのがわかります。それもいい意味の驚きではなく、あまりの変わりように言葉がでない様子です。これにはいたく堪えました。
   人は何才になっても、どんな生活を送っていても、やはり一定の節度をもって生きねばなりません。それがなくなると、どこまでも自堕落な自分に歯止めがかからなくなるのです。今ならまだ元に戻せるように思うので身だしなみや歩く姿勢だけは気をつけようといたく反省したのです。