折々の記 64

小満・紅花栄


   5月26日の金曜日。この日は節気の小満(しょうまん)です。七十二候では紅花栄(こうかさかう)になります。小満とは麦が順調に実を太らせて少しホットできる時期。紅花栄は紅花(べにばな)の花が咲き始める季節をさしています。 ベニバナはアザミに似て赤みのある黄色い花びらが密生した花を茎の先につけます。

                          ベニバナの花
   花びらには黄と赤の色素がふくまれるので赤の色素だけを取りだして染料や化粧品に使います。冷水に浸した花をよく揉んで絞っても色が出なくなるまで繰り返します。その後灰汁の上澄みにつけてよく揉むと赤い色素がでてきます。染色にはこのしぼり液を使います。しぼり液に烏梅(うばい)を加えておくと赤い色素が沈殿します。それを集めたものが艶紅(つやべに)です。口紅や頬紅などの顔料になりました。

   このベニバナ、日本には5世紀ごろに中国から伝わっています。紅の字を『べに』 のほかに 『くれない』 と読むのは、呉(くれ)の国からやってきた藍(あい)に由来しています。 藍とは染料全体をさし、「くれからきたあい」つまり『くれのあい』 がなまって『くれない』 になっています。紅(くれない)は紅花によって染められます。
  その中国では紀元前2世紀ころに漢の武帝が中央アジアの燕(えん)の国を奪いました。燕は当時、匈奴(きょうど)が支配するベニバナの一大産地でした。 奪われた匈奴の王は「わが燕山を失う、わが婦女子をして顔色なからしむ」と嘆いています。燕を失って匈奴の女性たちは美しく装う赤の顔料を失ったというのです。燕のベニバナはそのルーツをたどると中央アジアのアフガニスタンやタジキスタン、イラン、エジプトに至ります。そのためベニバナの発祥の地はアフリカとされています。

  ベニバナが伝わった国々では昔から女性が額やくちびるを赤く塗る習慣がありました。赤は美しく装うというよりも魔除けに使われていたようです。赤は火の色であり太陽の色でもあって生命を感じさせる色です。古代には魔物を封じる力があると信じられたのでしょう。それが日本まで伝わって女性が「紅をさす」ようになったのです。
   ベニバナには血行促進の効能があって今も生薬として用いられ養命酒にも入っています。 ベニバナの赤は病気という魔物から身を守る一面があったのでしょう。
   山形の産地ではベニバナが開花期をむかえています。朝露の乾かぬ暗いうちから花の収穫に忙しいことでしょう。