折々の記 63

カモメの世界をのぞいてみた


   セグロカモメとの出会ったのは四年前の冬でした。海岸を歩いていると、なぜか砂浜にたたずむカモメがいたのです。年をとっているようで羽根の一部は抜け落ちています。普通ならテトラにとまっているはずですが年のせいで餌がとれなくなったのかと気になりました。
   そして何度か出会ううちにパンのかけらを置いてみたらすぐに飛んできて食べたのです。人から餌をもらったことがあるのでしょう。それからは海岸に行くとどこからともなく飛んでくるようになり、そのうちに元気になって春の終わりには北へ帰っていきました。

   それからです。この老いたカモメとの奇妙なつき合いが始まったのは。そして興味深い行動が少しずつわかってきました。

                           くちばしは黄色で先端が赤く、足はピンク色をしたセグロカモメ
   セグロカモメはカモメのなかでも大きい部類です。翼をひろげると1.5mはあり、翼自体に厚みがあって強い風でもしっかり掴まえることができるのでキレのよい飛翔をします。
  海風を巧みに捉えて軽々と浮かび、強い向かい風でも翼の向きを変えながら羽ばたくことなく進めます。北へ帰るころには南風が吹き、晩秋に南下するときは北西の風が吹きはじめます。渡りにはこうした風を利用して滑空し体力の消耗を防ぎながら長距離を移動しているのでしょう。

    セグロカモメの滑空  強い追い風なら時速90`の早さで滑空します
   昼間、セグロカモメは一羽で行動しています。渡ってきた当初は5、6羽の家族が一緒に暮らしていますが、慣れると個々で暮らし始めます。群れは危険の多い渡りのときに必要なのでしょう。

   風の強い荒れた日には海岸線に沿って上空を飛び、打ち上げられた魚などを探しています。小魚やゴカイ、カニ、貝類などを食べています。イワシやキビナゴの群れをみつけるとそれをねらって捕っています。漁師たちはそれを "鳥山(とりやま)が立つ" とよんで船を走らせます。魚の群れを教えてくれる鳥なので漁師は雑魚を与えたりして大事にしているのです。
   食べたものは胃の手前にある素嚢へため込んで時間をかけて胃に送りこみます。エサは丸飲みしますが、舌や上あご、喉には味覚細胞があって味には敏感です。水を飲むときは、くちばしを海中につけて左右に振り、舌にからめて飲んでいます。上を向いて水を流し込むようなしぐさは見られません。

                 海水を飲むセグロカモメ
   セグロカモメの争いは餌をめぐって起こります。そう簡単に餌がとれるわけではないので親子でも容赦はしません。クチバシで相手の首をはさんでひねり倒したり、クチバシをつかんでねじり倒します。ただ、トビやアオサギは苦手なようです。

  最近は小鳥脳などといって単純な思考の人を揶揄する場合もみられますが、鳥の脳には神経細胞が高い密度で分布していて認識する能力は霊長類と同じくらいあると言われます。コンラート・ロレンツは『ソロモンの指環』のなかで、「社会性のある鳥は、ひとたび馴れると餌ほしさからではなく友人として近づくことがある」と述べています。たしかに、注意深くみていると行動を通して感情を表現しているように思えます。

         海岸のポールの上で待っていたり、お見送りしたりします。
   春分の日を過ぎると、海では落ち着かない空気が漂い始めます。北への移動が始まるのです。セグロカモメも群れでいることが増えてきました。日長の変化によって体内で繁殖にむけたホルモンの分泌が始まって急き立てられているのでしょう。

  そんな中で老いたセグロカモメは仲間が飛び去ってもまだ残っています。居残りかと思っていたら、家族とハグレた幼鳥たちを集めて飛ぶ訓練をしています。幼鳥にとって初めての越冬地では餌がとれずに弱ってしまう個体が少なくありません。迷子の中にはウミネコも混じっています。そして五月初めの南風が強く吹く日に彼らを連れて旅立っていきました。行き先はカモメによって異なりますが、渡りの中継地に行けば、先行している親たちに追いつけるのでしょう。

                                 意外に歩くのは早いのです