蚕と絹のあれこれ 9

絹の染色事始め

  古来、絹はその高い染色性によって四季折々の色を染めてきました。 春の萌黄色(もえぎいろ)や夏の浅葱色(あさぎいろ)、秋の黄橡色(きつるばみ)、冬は利休鼠(りきゅうねずみ)など日本の伝統色と呼ばれる色は絹によって生みだされてきました。

              西陣織の帯
        手描き友禅                 染色した絹糸





     もえぎいろ     あさぎいろ     きつるばみ      りきゅうねずみ
   絹を染めるには植物性の染料を使います。草木染めともいわれ、植物の根や実、葉や樹皮などを使います。基本になる色は赤、青、紫、黄、茶の5色です。黄色に青を重ね染めすると緑色になり、赤に黄色を重ね染めすれば橙色になります。染めの濃さや重ね染めの組み合わせによって、多様な色が作りだせます。また、染色後の媒染剤によっても色は大きく変わります。水質や温度によっても微妙な色の違いが生まれます。少しの加減で多彩な色に変化するので再現が難しいという難点はありますが、それは同時に魅力でもあります。
  染色には特別な道具や技術が必要と思われるのですが、たいていは家庭にあるもので間に合います。鍋や薬缶(やかん)、食器洗い用のバット、空いたペットボトル、調理用の電子秤、三角ロート、キッチンペーパーなどがあれば染色は始められます。 染料を煮だすために鍋を使い、染色液をいれて染めるにはバットを使います。いくつかあれば、生地の'地入れ'や媒染などにも使えます。空いたペットボトルには染色液や媒染液を入れておき、三角ロートやキッチンペーパーは煮出した染色液を漉すときに使います。
   ちなみに、'地入れ'とは絹布を染色液に浸ける前に温湯に浸してなじませることであり、 '媒染'は絹を染めたのち、ミョウバンやスズなどの液に浸して色素を絹の繊維に固着させることをいます。
   染色液の作り方を『刈安』でやってみます。刈安(かりやす)はススキに似たイネ科の植物です。茎や葉から抽出した染色液は絹をレモン色に染めます。
  
           刈安の茎や葉                ミョウバンの結晶
   鍋に水 1gと50gの刈安を入れ強火で煮こみます。沸騰したら弱火におとし、15分ほど煮たら火をとめて、煮汁をロートとキッチンペーパーで漉しながらペットボトルに移してます。煮た刈安にもう一度水 1gを加えて同じように煮だしたら、ろ過して先の染色液に加えます。これが染色液の原液になります。ほとんどの植物性の染料は、この方法によって染色液を作ります。染める際には作った原液を4、5倍に薄めて使います。染色液は作った当日のうちに使い切るほうがよいでしょう。
   絹は木綿や羊毛などに比べて素早く染まるので、うすい染色液で軽く染め、これを繰りかえしながら目的の色に近づけていきます。染まりすぎると、それを薄くはできないのです。染色液の湯温は少し熱めの風呂くらいが良いでしょう。染色する場合は、絹を一度、地入れしてから軽く水をきり、染色液に移して広げます。絹に気泡がついていたり、絹同志が絡むと染むらができるので、両手でたぐりながら液のなかで静かに動かします。
  染色するための絹は、無地のスカーフやストールなどの絹製品が染料店で売っています。アラベスクやペルシャのような織りに模様のあるものは、染めた色によく映えて満足できる仕上がりになります。染料は染色の原料店で市販されているのでインターネットで購入します。染料の必要な量は染める絹と同じ重さを目安にしますが、はじめは50cくらいから始めるとよいでしょう。
  染色液で染めたあとは、軽く水洗いをして余分な染料を洗い流します。その後、媒染剤のミョウバン液につけて染料を絹の繊維にしっかりと固着させます。ミョウバン液は 1gの温湯にミョウバンの結晶1cをとかして作ります。刈安で染めた絹はミョウバン媒染によって鮮やかなレモン色に変わります。その後、絹は水洗いして日陰に干しますが、柔軟剤を入れた温湯に軽くつけてから乾燥させるとふんわりとした仕上がりになります。媒染剤には、ミョウバンのほか錫や鉄などの種類あり、染色後の色をさまざまに変えるので試してみてください。