蚕と絹のあれこれ 5

なぜ蚕の蛾は飛べないのか

  
         繭から出て来たばかりの蚕の蛾
   蚕が蛹から羽化すると蚕蛾(が)になります。蚕蛾は羽根があっても飛べません。でも江戸時代の版画には空を飛びまわる蚕蛾が描かれています。おそらく当時は自由に飛んでいたのでしょう。
   明治になって全国で蚕糸業が盛んになると蚕の卵が大量に必要になります。蚕蛾にはより多くの卵を産むことが求められました。そのため品種改良が盛んに行われ、卵を多く産む蛾が選抜されて産卵量は飛躍的に増えていきました(600粒/蛾)。メスの蛾は卵を大量に抱え込むためお腹は大きくなり、そのぶん羽根には栄養が行かずに退化して空を飛べなくなりました。それに蚕蛾が空を飛べると交尾や産卵をさせるうえで手間がかかるので羽根の小さな系統を選んできたことも飛べなくなった理由のひとつです。
  たとえ空を飛べなくても、雌雄の蛾が出会える機会は人が用意するので心配ありません。蚕は繭を作るとすぐに蛹にかわり2 週間ほどで蛾になります。蚕の卵を専門につくる蚕種会社では、あらかじめ繭を切って蛹を取り出してオスとメスに分けて保護しています。 蛾が繭からでてくる労力を省いて産卵に使う体力を温存させるのです。それに異なる品種同士をかけ合わせるため、蛹を品種や雌雄に分けておくと便利なのです。蛾のメスが羽化すると目の前にオスの蛾が待っているのです。
そこで蛾はそれぞれ交尾の場へと移されます。
  
        交尾中の雌雄の蚕蛾 右の大きい方がメス
    雌雄の蛾は交尾が終わるとメスは産卵の場へ移されて、オスは次の交尾に備えて冷蔵庫で休憩します。蛾は飲まず食わずで 6日ほどを生きぬいて交尾・産卵がおわると去っていきます。

       産卵中のメスの蛾     卵は円を描くように産み付けられています
   蛾が羽化してくるのは明け方です。オスの方が早く出てきてメスの羽化を待っています。その間、オスは羽根をときどき動かす程度で静かに待ちます。そのうちにメスが羽化すると触覚でオスの羽根の振動を感じとります。そしてお尻からオスを誘惑するフェロモンを放ちます。放たれたフェロモンを感知したオスは、とたんに羽根を激しく動かしてメスをめがけて突進します。羽ばたいても飛ぶことは出来ませんが、歩くスピードはあがります。放っておくと何匹ものオスがメスに群がって団子状になってしまいます。
   こうしたメスとオスの行動は人間でも見られます。若い女性のまわりには惹かれるようにして集まる男性たちがいます。この場合、フェロモンだけでなく化粧や香水をつけてフェロモンの効果を高めます。子孫を残すための行動は種を問わず共通しているようです。