蚕と絹のあれこれ 42

年末年始のこと


  ここ数年、年末年始になると気になることがあります。
  それは12月に入って届き始める喪中の葉書です。以前は親の世代の喪中でしたが、最近は本人の訃報を伝えることが少なくありません。それに『賀状が来ないなぁ』と思っていたら、遅れて奥さんや子供さんから本人の訃報を知らせる葉書が届いたりします。

  そのたびに『えっ』と驚き、すこぶる落ち込んでしまいます。そのせいか『今年で年賀状は最後にします』と宣言する人が増えています。こうした知らせに接したくないからかもしれませんが、せめて生きているうちは近況のわかる年賀状を出そうと思っています。もらった方もその人との思い出が浮かんできて嬉しいものです。

  年末に年賀状を書き終えて、久しぶりに図書館へ行ったら面白い本をみつけました。『カイコの実験単』というB5版の大きさで303ページもあります。
  ここ数十年、カイコについての書籍など見たことがなかっただけに、急いで手にとって裏表紙をひらけると令和元年の発刊とあります。じつに最近の本でした。

  企画と編集には東京農工大学や信州大学、日本大学の教授が名をつらね、監修は日本蚕糸学会となっています。この学会がいまも続いていることに驚いてしまいますが、こうした本をだすのは『蚕糸学入門』(平成4年発行)以来のことでしょう。
  実験単の単の意味は、手厚いとか混じりっけがないということなので、カイコによる生物実験集といったところでしょうか。全部で34の実験についての手順や準備するものが書かれているうえ、解説や写真、図なども豊富です。

  パラパラとめくっていくとカイコの細胞培養や遺伝子解析に関する実験が多く目について、三省堂から出された『カイコによる新生物実験(昭和45年発行)』にくらべるとかなり高度になっています。隔世の感がありますが、今の学生さんにとってはさほど難しい話しではないのかもしれません。 
 
  さっそく借りて帰って読んでみると、カイコの歴史や飼育の仕方、カイコの形態や生理などもしっかりと書かれていて、最初の四分の一ほどで一冊の本になるくらいの内容の濃さでした。

  ちなみに我が家の本棚には、何冊かのカイコに関する書物がならんでいます。野菜や米麦、果樹といった専門書は退職とともに処分してしまいましたが、昆虫遺伝学(昭和40年)や昆虫病理学(昭和48年)、養蚕学大要(昭和48年)、栽桑学(昭和51年)などの二度と手に入らないであろう養蚕の書籍は残してあります。

  というのも実験単にある高度な実験の数々は、これら書籍を土台に研究を進めた結果であり、たとえ書籍の内容は古くても生命科学の解明にむけた研究に必要な書籍であることに変わりはないからです。

  しかも、ところどころに若い頃の自分の書き込みがあって、眺めていると学生時代の記憶も浮かんできます。最近は書籍の電子化が進んで便利になっていますが、紙を媒体とした書籍もそれなりの味があって良いものだと思います。

  冒頭の年賀状もメールで送る人がいるようですが、やはりその人の息遣いが伝わる手書きのものは味わいがあって身近に感じられます。ですから、今年から、宛名書きはプリンターの印刷ではなく筆で書くようにしました。
  草の戸に賀状ちらほら目出度さよ (虚子)